記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、カフェカルチャー・キュレーター / MIA MIAオーナーのヴォーンによる、忘れられないホテルについて。

私たちが旅の途中で出会った場所のなかでも、ひときわ深く心に刻まれているのが、2019年、MIA MIA Tokyo を開く直前に訪れた「真鶴出版」です。
ふつう、ホテルのチェックインというのはどこか事務的なものです。
代金を支払い、鍵を受け取り、規則を聞き、丁寧な挨拶を交わす間もなく離れていく。
整然としてはいますが、どこか味気なく、心に残ることはほとんどありません。
しかし、真鶴出版での時間は、それとはまったく異なるものでした。
玄関をくぐった瞬間から空気が柔らかく、私たちがどこから来たのか、なぜここを選んだのか、どんな思いで旅をしているのかを、まるで旧友にでも再会したかのように温かく尋ねてくれました。
「滞在する」という行為を越えて、誰かの編む物語の一頁へと迎え入れられた、そんな感覚でした。
そして忘れがたいのは、そこから始まった約二時間の“真鶴散歩”です。
歴史の層、最近の出来事、人々の息づかい——。
この土地を静かに輝かせているものを案内していただきながら、坂道や小径をゆっくりと歩きました。
歩いている間、小雨が止むことはありませんでしたが、不思議と不快ではありませんでした。
しっとりと濡れた町並みはどこか生命力に満ち、出会う人々は灰色の空をむしろ優しく包んでくれるようでした。
「真鶴ピザ食堂KENNY」では、開店前にもかかわらず扉を開けて中へ招いてくださり、「パン屋秋日和」では、オーブンの前で丁寧にパンを焼く姿を間近に見ながら、その製法について語っていただきました。
地元の居酒屋を長年営むご夫婦とも言葉を交わし、すれ違う人々ともさりげない微笑みと短い物語を交換しました。
すべては、真鶴出版の方々が紡ぎ出してくれた、やわらかいつながりの延長線上に生まれた出来事でした。
その日の記憶は今も私の中で静かに光り続けています。
そして願わずにはいられません。
蔵前に新しく開いた私たちのカフェとホテル MIA MIA Kuramaeが、あの日の真鶴のように、誰かにとって特別な場所となれますように。

どんな旅が始まるのか、期待がふくらむ宿への道。看板の先には、真鶴出版の宿が静かに待っている。



